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2018.09.26

とっておきの吉野檜で、400年後まで残る御本殿を──【大井神社 宮司様×横川社長 対談】

京都府亀岡市大井町にある大井神社では2010年、御鎮座1300年を迎えるにあたり、匠弘堂による本殿の全面建替えがおこなわれました。

平安時代から続く神社の美しさをどのように現代に残し、後世に伝えるか──。宮司の稲本高士さんと匠弘堂の横川が、当時を振り返りながら、生まれ変わった本殿や宮大工の仕事ぶりについて語りました。

◆大井神社

京都府亀岡市大井町にある神社。神社の創建に関しては、大宝2年(702年)に京都市西京区の松尾大社から月読命と市杵島姫命が亀の背に乗って大堰川を遡上したが、急流で進めなくなったために鯉に乗り換え、亀岡市河原林町の在元淵にまで至ったという伝承がある。そのため、大井神社では現在も鯉を神使とし、氏子は鯉を食べることを禁忌としている。

【プロフィール】

稲本高士さん……大井神社宮司(写真中央)

稲本高続さん……大井神社権禰宜(写真右)

横川総一郎……匠弘堂 代表取締役

「新しい、面白い会社がある」と匠弘堂を紹介された

横川総一郎(以下、横川):大井神社さんの建替えからは、もう約10年ですか。今日はお時間をとってくださって、ありがとうございます。

稲本高士さん(以下、稲本):この前もたしか香川県のほうから、大工さんの組合が大井神社を見学に来ましたよ。「匠弘堂さんの建てたものが見たい」ということで。

横川:それは、自分たちのいないところでも大井神社さんが匠弘堂のことを気にかけて話題に出してくださっているからこそだと思うので、本当にありがたいです。今日は神社の御本殿の建替え当時のことをお聞きしたいのですが、そもそも、最初は宮大工でなく一般大工の方に工事を依頼される予定だったんですよね。

稲本:そうですね。2006年に建替えをした天満宮のほうは一般大工さんにお願いしていたので、本殿もそれでいいだろうと思っていました。そんなときに、本殿の設計をしてくださった設計事務所の先生が「新しい、面白い会社があります」と匠弘堂さんを紹介してくれて。

横川:「京都で神社の建替えがあるんだけど、見積もり参加しますか?」とその先生から連絡いただいて、「それはもう、ぜひ!」と。当時、匠弘堂は出張仕事が多くて、京都での実績が少ない頃だったんですよね。京都の神社さんの建替えということで、なおさら嬉しかったのを覚えています。

稲本:京都の有名な神社には大概、お付き合いの長い、お抱えの宮大工さんがいるんですよね。でも大井神社にはそういうつながりはないので、匠弘堂さんがまったくの新しい会社だというのもいいなと思って。見積もりでもこちらの希望を最大限汲みとっていただけたので、安心してゼロからお願いできました。

「設計図どおり」だけではない、丁寧な仕事

横川:実際の工事では、宮司さんも氏子の皆さんも、毎日のように現場に来て作業を見守ってくださいましたよね。匠弘堂の仕事ぶりは、宮司さんから見ていかがでしたか。

稲本:ひと言で言うと、丁寧ですよね。本当なら、大工さんは設計図どおりの仕事をしてくださればそれで問題ないはずなんですよ。でも匠弘堂さんは、たとえばコンセントの位置ひとつとっても、「設計図だとここにつけることになっているんですが、つけて大丈夫ですか?」ときちんと確認してくれる。

それから、建替え工事の期間中にちょうど七五三詣りが重なって、ご祈祷をすることが何度かあったんですよ。そういうときも、「ちょっと工事の音が気になるので、ご祈祷のあいだは作業を中断していただけますか」とお願いしに行ったのですが、2回目からはもう、私が装束を着て出ていくとそれだけで職人さんがみんな作業を止めてくれた。外部の方の誘導なども本当に丁寧にしてくださって、ありがたかったです。

ほかにも、大井は冬のあいだ雪が強く降ることがあるので、設計段階から本殿をアクリル板張りにしてほしいと頼んだのですが、それもイレギュラーだったろうに、快く応じてくださいましたね。

ただ、「できたら冷暖房も入れたい」とお話ししたときは、宮大工さんが「それを入れてしまうと、400年は持つ建物が200年しか持たなくなってしまいます」と言ってくれて。そんなに変わるんかいなとすごく驚いたのですが(笑)、そこは止めてくれてよかったですね。

横川:たぶん、当時の岡本棟梁ですね。エアコンって木にとってはとても過酷なものなので、棟梁はお勧めしなかったんでしょうね。

神社に向かって歩き出した途端に、檜のいい香りがした

横川:いま「木」の話が出ましたが、大井神社さんの建替えには、奈良の吉野檜を使わせていただいています。見積もり段階では外国産のヒバを使う予定だったのですが、ちょうど平城京の大極殿の復元に使用されたすばらしい木材が手に入るタイミングだったということもあって、「せっかくなら吉野檜にしませんか」とご提案させていただいて……。

稲本:実際に材木屋さんに連れて行っていただいたんですよね。そこで吉野檜を見たら、ぜひこの立派な木で建てていただきたいなという気になって。棟梁さんが若手の職人さんに檜をさわらせながら、「若いうちからこんないい木で仕事ができるなんて贅沢やなあ」って当時よく言ってらしたのを覚えていますよ(笑)。

横川:本当に、吉野檜を使わせていただけることってなかなかないので、現場の若手にとってもモチベーションの上がる仕事だったと思います。当時はまだ見習いだった宮大工も、大井神社さんの仕事で成長させてもらえたなと思っています。

稲本:最初に柱が建ち出したとき、神社に向かって歩き出した途端に檜のいい香りがしたんです。あのときのことは忘れられないですね。

50年後、100年後の職人が部材を見て、驚いてくれたらいい

横川:御本殿の建替えが終わったのを最初にご覧になったときは、いかがでしたか。

稲本:作業自体はほとんど毎日見ていたので「やっとできたなあ」くらいだったのですが、できあがった屋根を最初に見たときはびっくりしましたね。あれだけの大きな屋根をどうやって持たせているのかと。

横川:屋根の部分は桔木(はねぎ)工法という、平安時代末から発展してきた社寺建築独特の工法なんですが、簡単に言うと「てこ」の原理を応用して軒先を持ち上げているんです。また大井神社さんの御本殿の屋根は、特に箕甲の落ちが深い……つまり、曲がり方が急なので、より繊細な作業が必要とされました。職人たちにとっても、やりがいのある仕事をさせていただいたと思っています。

それから、大井の地域では古くから「鯉」を大事にする風習があるんですよね。それも大切にしたいと思って、鯉を形どった蟇股(カエルの形をした板状の部材)を新調して、新しい本殿に使わせていただきました。また、旧祈祷殿に使われていた唐破風も再利用して活かしました。

稲本:ただ新しくしただけでなく、そういった古くからあるものも残していただけたのはやっぱり嬉しいですよね。氏子さんたちも、綺麗に洗浄していただいた狛犬を見たときに、「こんなの前からあったんかいな」っておっしゃっていました(笑)。以前からあったものもより立派に、目立つようにしていただけて大満足でしたね。

横川:天井裏にも、旧本殿の部材を一部保存させていただきました。50年後、100年後の職人がそれを見たときに「こんなのが出てきた」って驚いてくれたら、と思うと夢がありますよね。大井神社さんでは本当に、すばらしい木材を使っていい仕事をさせていただいたと思っています。いまでも吉野檜のいい香りがするのは、やっぱり嬉しいですね。

<了>

 

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