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[ コラム ]

設計士 宇塚担当

社寺建築観察日記
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2020.12.26

【第8回】国宝の多宝塔(後編)

第7回に引き続き、国宝の多宝塔特集です!

浄土寺(1328年)(広島県尾道市)

〈印象とみどころ〉

石山寺より少し大きい、こちらもバランスが良い塔。瓦葺である。尾道という海沿いの町にあり、細い坂道を上った小高い場所に建つ。この塔も、高い位置から眺めることができ、海を背景にした景色は、他の国宝多宝塔とは一線を画した魅力である。また、国宝多宝塔の中では唯一関西地方ではない建物である。前編で取り上げた3基と比較すると、装飾が充実してきている。

〈観察のポイント〉


上下の屋根のバランス、軒反りともに申し分ない美しさ。
亀腹は、大きめに感じるが瓦屋根の重量感と良くバランスがとられているように見える。


白く塗った切裏甲を2段積んでおり、くっきりとしたアクセントになっている。上から、瓦のグレー・裏甲の白・茅負の赤、そして垂木木口の黄という配色バランスがよく生きている。
現代の人が建物の色から受け取る印象は、かならずしも建立当初に意図されたものと同じではないのかもしれないが、建立以前から続きそれ以後も続くの長い時間の中で洗練されて、人々の目に見られ記憶され、美しいものとして蓄積されて今に至っているように思う。


じつにのびやかな隅木。角柱から肘木、尾垂木、垂木に面取りがされ、それが隅木までいたる。先端を細くする技法「こき」も用いられ、軽やかに瓦を支える。個人的には、国宝多宝塔のうち、隅木の形においては浄土寺がいちばん好きです。


装飾が際立つ、横長な蟇股。肩から脚にかけての形は、室町時代の予兆を感じさせる。斗栱は二手先で、大仏様の繰り形を設けた実肘木で丸桁を受けている。よく見ると、実肘木にも面取りがされている。これはとても珍しいと思う。

 

長保寺(1357年建立)(和歌山県海南市)

〈印象とみどころ〉

国宝の多宝塔のなかでは、中程度の大きさ。屋根が瓦葺きであるため、大きさの割に重量感を感じる。境内が斜面地にあり、本堂裏の坂道を上ると高い視点から眺められる。14世紀の建立ということもあって、たたずまいがすこし変わってくる。軒廻りの部材が細く感じられ、繊細な印象。浄土寺と同様に、斗栱が少しだけにぎやかになり蟇股も装飾が増してくる。全体としては、まだまだ落ち着いた印象の建築であるが、時代が下るほど豪華になる傾向につながる前触れをわずかながら感じる。

〈観察のポイント〉


瓦特有の隅棟の反り上がりが美しい。特に下重は、高い視点でほぼ真横から見ることができる。必見ポイントのひとつ。


鬼瓦は、各所でことなる意匠、時代のものが使われている。上重のものが古く、すっきりした輪郭で美しい。顔は、鬼としては優しい表情で、ユーモラス。
下重の鬼瓦は近世の形。上重とおなじ古いタイプであったらなおよかったのに、と思ってしまいます。
(本堂の昭和修理時にこれを模した鬼瓦を葺いている。次の写真↓)


多宝塔上重を模してつくられた本堂隅棟の鬼瓦。牙が短く、顔立ちがふっくらしている。いかつさがなくかわいげがある。

 


下重の軒先がよく反っていて、飛檐隅木は上を向いている。
隅木先端は徐々に細くし(こき)、軽くのびやかに見せている。 中世の建築の多くは「こき」が見られるが、この建物は、かなり強く絞っている。


下重の斗栱は出組である。石山寺も出組であったが印象が大きく違って見える。石山寺は、巻斗で丸桁を直接掴んでいたのに対して、長保寺では、巻斗の上に実肘木を載せてその上に丸桁を載せる(浄土寺多宝塔と同様の構成)。実肘木は、繰り型を付けないシンプルな形。時代が下るほど桁が大きくなり、肘木の幅よりも桁の幅が大きくなる。ここでは、桁よりも肘木の幅が大きく、古式を残す。
蟇股は、4面で異なる装飾を設ける。


別の面の蟇股。

 

根来寺(1547年頃)(和歌山県岩手市)

〈印象とみどころ〉

大塔形式として貴重な遺構。とにかく大きい。圧倒的存在感。にもかかわらず、部材のバランスには大変気を配られている印象を受ける。巨大な建築は、細部がいまひとつしっくりこないものが多い(バランスをとるのが難しい)中で、根来寺大塔は、近世竣工の塔でありながら中世的な細部意匠を持っており、思わず見入ってしまう。(着工は室町時代)

下重平面は、外観は正方形であるが、内部身舎部分は円柱を円形に並べている。これは、「円形平面の宝塔」に「方形の裳階」をつけるという多宝塔本来の形である。円形平面の内陣部分は、想像以上に宗教的効果が高い空間になっていると感じた。訪れる以前は、外観の特異さから親しみを持てずにいたが、建物内部に入り内陣の円に沿って裳階空間を回る中で、柱の合間から仏様が現れるという動的な空間を体験した後では、その外観も必然性を感じられるようになった。この大きさがあるからこそ実現できる内部空間であると、納得させられた。

※本尊以外の仏像は江戸時代に加えられ、その際に来迎壁が撤去されたらしい。当初の空間と今とは、印象が大きく異なると思われる。
※内部は写真撮影不可ですので、ぜひ、実際に訪れて体験してみてください!!

〈観察のポイント〉


巨大な屋根のため、支柱で隅の肘木を支えている。修理時の調査から、この支柱は当初からあったものとされている(日本建築史基礎資料集成「塔婆Ⅱ」参照)。


地垂木と飛檐垂木の長さのバランスが古風である。(隅の出は、地垂木7枝、飛檐垂木5枝)


頭貫は柱を貫通して、大仏様ベースに唐草をあしらった木鼻で納める。部材寸法のバランスは中世的である。たとえば近世以降であれば、丸桁を1.5培くらいの寸法に設定しているのではないだろうか。
下重の斗栱は二手先とし、丸桁は繰り型付の実肘木で支える。



簡素で上品な形の藁座と八双金物。鉄製。

 

以上、国宝の多宝塔を見てきました。
同じ形式でも、かなりの違いがあることが少しでも感じていただけたら嬉しいです。
すこしずつ、部分的にでも建物の個性に気が付くようになると、参拝の楽しみのひとつになるのではないでしょうか。

 

次回もおたのしみに!

 

第1回記事はこちら
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書き手:宇塚(匠弘堂・設計士)

 


根来寺の雨天時の参道

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