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[ コラム ]

設計士 宇塚担当

社寺建築観察日記
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2020.12.25

【第7回】国宝の多宝塔(前編)

多宝塔とは、辞書的な説明では、
下重は方形平面、上重は円形平面の二重の塔。上重の下部は漆喰により亀腹状につくられ、下重の屋根に乗る。一般的な多宝塔は方三間で、中心に四天柱が立つ・・・・
となります。

塔の種類として、多宝塔のほかには、主なものとして五重塔・三重塔があります。

塔は、かたちとしては点対称、線対称であって、とても形式性が強い種類の建築であると言えます。具体的には、
①正方形または正多角形、円形の平面
②各方向から見て同じ形をしていて、外観の変化がほぼない。
③多宝塔は2層・三重塔は3層・五重塔は5層(もっと多いものもあります)の屋根がある。
④2階、3階、5階建てに見えても、実際に人間が入ることができるスペースは1階にあたる部分のみである(メンテナンス時をのぞく。巨大な塔の場合は、階段により最上部まで上がることができるものもある)。このため、複数回に見えても基本的には1階建てである。

このような共通の特徴をもつため、同じ種類の塔では建築の形は一見すると同じように見えます。

しかし、全然違うのです!!

では、どう違うのか、
国宝に指定されている多宝塔6基を取り上げ、建立年代順に見ていきましょう!

石山寺多宝塔(1194年)(滋賀県大津市)

〈印象とみどころ〉

質素な優美さ、抜群のプロポーション。美的センスが極めて優れた人が設計しただろうと思われる。天然記念物に指定されているの岩の上に建つという立地もインパクト大。境内全体が斜面の中にあり、建物背後の坂道を登っていけば、高い視点からも眺められる。そうすると、軒反りに目を奪われる。下重は緩やかに、上重はすこし強く、メリハリの付け方によってこれ以上ないほど整った軒の線を描く。
上重の円形部分はものすごく細くなっていて、いったいどうやって倒れずに立っているのだろうかと思う。(多宝塔には共通であるが、石山寺多宝塔ではそれが特に顕著に感じられる)図面を見れば、ある程度内部の構造が分かるものの、やはりすごいバランスである。
どの方位からみても、形はほとんど同じなのにいろいろな角度から見たくて、建物まわりを何周も回ってしまう。

〈観察のポイント〉


相輪が、建築総高さの約1/3を占める。これにより、安定感のある外観となる。
平面をみると、下重に比べて上重が著しく小さいため、上重の軒の深さが際立つ。


下重の軒先はゆるく上重の軒先は強く反っている。この対比、バランスが美しい。上下の軒先の先端と相輪頂部にかけてが、ほぼ線上にならび安定感のある形となっている。


下重の軒反りをほぼ真横から見る。ゆるやかで上品な曲線。
このような視点から屋根をみることができる建物は決して多くはないので、これだけでも貴重であると思う。
上重の亀腹は、大きくもなく小さくもない。まさに完璧というほかない大きさ。
亀腹だけでなく、この建物の隅々にわたる完成された形に、
設計者はどのようにたどり着いたのだろうかと思う。

 


斗栱は出組(一手先)下重の中備えは間斗束。丸桁は斗で直接掴んで支える。塔としてはシンプルであり、鎌倉時代らしい形。下重柱は、大面取りで、組物形式とあいまって、裳階としての特徴をよく示している。※

※裳階は、建物本体のまわりを取り囲むようにして設けられる部分で、従属的な空間であった。多宝塔は、元をたどると「宝塔(円形平面に方形屋根をかける形式)」であって、これに裳階がついて多宝塔となったとされている。この形式がよくわかるのは、根来寺大塔(後編に掲載)である。


檜皮葺や杮葺の屋根で軒付けを2段とする事例は多数あるが、当初からのものではなく近世に改変されたものであるらしい。しかし、より軒が深くなり美しい曲線を描き、美的効果が大きい。

金剛三昧院多宝塔(1223年)(和歌山県高野町)

〈印象とみどころ〉

高野山金剛三昧院の境内に建つ。ほとんどが近世以降の建物で構成される高野山の中では、特に古い建物であり必見である。境内に近づいていくと、塀越しに塔があらわれる。なかなかの存在感である。多くの多宝塔は、密教寺院の構成要素として建てられるため木々に囲まれた立地であることが多いが、金剛三昧院は山の中に位置することから、緑が近く特に高密で、高木が多い。その中で、どっしりとした多宝塔が建つという構図は、独特の雰囲気をもつ。後述の慈眼院のような、優しい緑とはちがう、山林の厳しい緑と人工物の対比を垣間見る。

規模は石山寺に近いが上重の亀腹が大きく感じる。また、上重の屋根にボリュームがある。このため、石山寺の軽快さに対して重量感と安定感を強く感じさせる。

〈観察のポイント〉


規模の大きい塔ながら、軒反りがゆるい。軽やかさよりは安定感を感じさせる。上重の屋根は屋弛みがゆるいため、屋根の面が広く見える。これによって重量感が増している。


一方、石山寺同様、軒が深く上重の塔身が細く、引き締まったプロポーションをみせる。


下重の屋根は軒裏も屋根面も勾配がゆるいため屋根が薄く見え、上品である。軒反りはごくゆるい。
石山寺と比べて、上重亀腹の存在感が大きい。


下重の斗栱は平三斗であり、シンプルである。虹梁鼻が大斗上に乗るが、内部に虹梁は無く、あくまでも装飾である。


中備えには、中央間、脇間とも内部装飾のない本蟇股を設ける。骨格は鎌倉時代らしい形をしている。
建物全体に彩色が残っていて、当初の姿を想像しやすい。石山寺や慈眼院の多宝塔も、配色は違えども鮮やかな色であった。

 

慈眼院多宝塔(1271年建立)(大阪府泉佐野市)

〈印象とみどころ〉

苔と木々に囲まれたなかにひっそりと建つ、小ぶりでかわいらしい塔。緑と古材の色がマッチして落ち着いた雰囲気をかもしだしている。見る場所によって、隠れたり現れたりする景観の変化もみどころ。建物は、今は茶色だが昔は朱色であった。軒まわりには彩色の跡が見られる。昔の人が見ていた姿も見てみたい。緑と朱のコントラストが鮮やかであったことと思う。
単にプロポーションをみると、下重の背が高く、軒もあまり深くなく縦長に見える。
(小高い基壇の上に建つのもそれを助長している)
(一般に、多宝塔は、下がどっしり構え、上がスマートで軒が深いものが美しく見える)
しかし、小さいがゆえにそれがかえって生きていると感じる。石山寺や金剛三昧院のような安定感にくらべて、ちょこんと控えめにさりげなく建っている印象。そこがまたいいのです。

〈観察のポイント〉


相輪の長さは、建物全体の1/3程度であるため、本体が縦長でも全体としては安定した形。


下重の屋根の軒先が上重屋根と同じくらい反っていて、屋根を軽くみせようという意図が感じられる。


軒の勾配がゆるく、下から見上げると、隅木や尾垂木がほとんど水平に伸びている(飛檐垂木は1寸3分勾配である)(図面を見ると、飛檐隅木は水平を通り越して上を向いている)
下重の組物は二手先となっていて、小規模な塔ながら充実した架構を見せる。


下重の中備えに蟇股を設ける。鎌倉時代らしいシンプルな装飾で好感度UP


1271年建立であるが、はやくも下重が丸柱となっている。
(五重塔・三重塔では、古代からすべて丸柱であり、その延長で多宝塔もすべて丸柱でつくられるようになったのだろうと考えます。

 

後編につづく

 

第1回記事はこちら
第2回記事はこちら
第3回記事はこちら
第4回記事はこちら
第5回記事はこちら
第6回記事はこちら

書き手:宇塚(匠弘堂・設計士)

 


慈眼院 境内の苔

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