宮大工だより

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[ スタッフブログ ]

2020.01.10

鑿(のみ)鍛冶と宮大工が語る、仕事や道具への思い~産地の祭典トークショーレポート(前編)

2019年10月6日、新潟県三条市で開催されたイベント「燕三条工場の祭典」内オフィシャルイベント「産地の祭典」にて、「産地の祭典トークショー 道具の使い手 × 作り手 〜宮大工と鑿(のみ)鍛冶〜」が行われました。

このトークショーでは、三条ものづくり学校の事務局長である斎藤広幸さんの司会のもと、三条市の鑿鍛冶・田齋道生(たさいみちお)さんと弊社の棟梁・有馬茂(ありましげる)が登壇し、道具づくりや宮大工の仕事についてさまざまなトークを行いました。前編は、それぞれの仕事についてのトークを中心に紹介します。

◆燕三条 工場の祭典
https://kouba-fes.jp/

◆産地の祭典
https://sanjo-school.net/?p=16640

毎年10月に新潟県燕三条地域で開催されるイベント。工場・耕場・購場など、さまざまなKOUBA(こうば)を開放し、金属加工や鍛冶、木工などものづくりの現場の見学、体験ができる。

【プロフィール】
斎藤広幸さん……三条ものづくり学校事務局長

田齋道生さん……鑿(のみ)鍛冶田齋 二代目

有馬茂……匠弘堂 棟梁

(写真は左から順に、斎藤さん、有馬、田齋さん、当社代表・横川)
※以下、敬称略

20歳で宮大工の道へ。匠弘堂・有馬が思う「棟梁」という仕事

斉藤広幸(以下、斎藤):まず、自己紹介からお願いします。

有馬茂(以下、有馬):匠弘堂の有馬です。お寺やお宮を手掛ける大工をしています。この道に入ったのは20歳のときですね。

社会人スタートの仕事は、実は建築ではなくプラントの管理の仕事だったんです。でも、私は現場での仕事をしたかったので、これはちょっと……と。ちょうどその時期メディアなどで西岡常一さん(※)がよく取り上げられていて、それを見て宮大工という仕事があるのだと知り、なろうと思いました。
※著名な宮大工棟梁。法隆寺や薬師寺の修復・修理などを手掛けている

斎藤:どんな建物を手掛けてこられましたか?

有馬:この世界に飛び込んで26年ほどなんですが、神社や本堂の新築や修理、山門や鐘楼などにもたずさわりました。変わったところではお城の復元工事や、東京で八角納経塔の新築もしたことがあります。現在は関西の本山系のお寺の修理を進めています。

斎藤:「棟梁」という仕事はどんな仕事なのでしょうか。

有馬:まず、職人としてひととおりの作業はできなきゃいけない。それから、瓦屋さん、左官屋さん、基礎屋さんなどの各専門業者さんと打ち合わせをして、お金の管理や工程管理。それからお客さんと話をして……仕事の全体像から、細かい調整にいたるまで全てを理解していないとできない仕事です。

あとは、何かと社長と喧嘩します(笑)会社のほうから文句を言われたり、職人からもいろいろ言われたり、、、中間管理職です、はい(笑)

16歳で父に弟子入り。鑿鍛冶・田齋氏の道具にこもる大工の声

田齋道生(以下、田齋):新潟県三条市で鑿(のみ)を作っている田齋道生です。16歳で、父から鑿(のみ)作りを教えてもらうようになりました。

斎藤:16歳の頃にはもう、お父さまのところで働いていらっしゃったんですか?

田齋:そうです。父はすごい反対したのですが、押し切りました。気づけば、もう鍛冶歴は35年にもなります(笑)

斎藤:昨日、有馬さんと一緒に田齋さんの工場にお邪魔して、お仕事を見せていただきました。実際に有馬さんは田齋さんの鑿をを使われていらっしゃるそうですが、いつも使っている道具が作られているところをご覧になっていかがでしたか?

有馬:実際に工場や鍛冶師さんが打つ姿を見させていただくのは初めてでした。工程が多い仕事を丁寧にされていて、大変な仕事だなと。道具には作り手の思いがこんなに乗っかっているんだ、田齋さんの名に恥じない仕事をしなければ、と改めて思いました。

斎藤:田齋さんは鑿の使われ方もよくご存じですが、そういった知識はどこから得られたのでしょう。

田齋:発注者である大工さんから頼まれて実際に現場に行き、どこをどう削るのか教えてもらうことや、図面が送られてきて「こういう削り方をするから、刃角はこれで長さはこれで」という話を聞くことがあります。

斎藤:田齋さんが作られた鑿を見て、有馬さんが「大工の声が入ってる」とおっしゃったのが印象的でした。

有馬:私が大工の道に入ったときは、近くの小売店で平鑿(ひらのみ)のような基本的なセットを買い、それを自分たちで加工して使っていました。田齋さんの工房のショーケースに、それと同じ形の道具があったんですね。

平らなところを削るには、本当は平鑿ではなく少しだけ丸い鑿が必要なんですけど、ちょうどその形をした鑿があって。「これはどこかの大工さんがお願いしたものだな」と思ったんです。

田齋:どんな形のものでもできるのが、うちの強みなんです。長く使っていただきたいから、大工さんの声に合わせて、言われたとおりに作っています。

最近は女性の大工さんが増えてきたので、グリップを細くというオーダーも多いですね。男性用のだと、グリップが大きすぎて女性の方は握っていて疲れてしまうのだそうです。

鑿(のみ)鍛冶と宮大工棟梁、それぞれのこだわりや秘伝

斎藤:おふたりの仕事の秘伝やこだわりなどはありますか?

有馬:社寺建築の修理の場合、建物はすでにあるんです。それをどう受け入れ、造った人の意図をどう汲んで、どう残していくかということを意識しています。

お寺さんやお宮さんから、建物を残すか建て替えるかの相談を受けることがあるのですが、残したほうがいいかどうかは、見ればわかります。残さなきゃいけない良い建物というのは、おのずとわかるんです。

だから、200年経ったあとに、見た人に「これは残すべきものだ」と言っていただけるようなものを作ることが、私どもの仕事の本質かなと思っています。「これは……建て替えたほうがいいね」みたいに言われたくはないなと(笑)

田齋:父(※)はよく「体が秘伝だ」と言いますね。今まで磨いてきた技術や大工さんから聞かせてもらったことがすべて私の体に吸収されて、それが秘伝になっている、と。体で吸収しものがすべて。

口伝(くでん)って言葉がありますが、口で伝えるというのは、きっとそういうことなんでしょうね。
※田齋明夫氏。田齋道生氏の父で、鑿鍛冶田齋の一代目。

一生使ってもらいたい道具、200年後を思って建てる建物

斎藤:それぞれのご職業で考える、本物の仕事とは何でしょうか。

田齋:使う人が使いやすいもの、一生使ってもらいたいものを作るのが本物だなと思っています。

できるだけ長く使っていただきたいから、お客さんの声に合わせて作りますし、大工さんにいわれたことを忠実に守って作っています。使いやすさを考えて、こちらから提案することもあります。

有馬:「心がこもったもの」だと思います。

ちょっと話はそれますが、宮大工と普通の大工さんの違いって、何に重きを置くかだと思うんです。宮大工は、200年、400年後の人のことを思い、その人のためにお堂を建てます。

そんな建物を作る仕事にどうやって心を込めるのか。うちの会社では、まずは心を鍛えることが大切じゃないかと考えています。鍛えるといっても特別なことをするわけではなく、気持ちよく挨拶をする、ありがとうと言う、靴を脱いだら揃える、こういった昔よく親に言われた小さなことを忠実にやっていけばいいんじゃないかと。こうすることで自然と心が鍛えられて、本当の本物に近づけるじゃないかなと思っています。

鑿(のみ)鍛冶の「味」、宮大工の道具の使い方~産地の祭典トークショーレポート(後編)

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