匠弘堂を知る

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[ スタッフブログ ]

2019.01.04

ただひたすらに「良い仕事」を追い求め【副棟梁・高橋弘之】

匠弘堂で働く宮大工や設計技術者たちによるリレー形式のコラム、スタッフブログ。第3回を担当するのは、宮大工で副棟梁の、高橋弘之です。
31歳の若さながら、2016年頃から副棟梁として匠弘堂の職人を率いる高橋。普段はあまり語らないこれまでの歩みや、若手に期待することについて、熱く綴ってくれました。

大工に憧れつつも思い描いていた、「日本一周」の夢

はじめまして。 宮大工の高橋弘之です。
福岡県北九州市出身で、1987年生まれ、4人兄弟の3番目です。密かな特技は、6mm角の折り紙で鶴を作れること。3時間くらいかかるんですが、作ると絶対周りにびっくりしてもらえます(笑)。

匠弘堂に入社したのは2007年。2016年からは、宮大工の副棟梁をさせてもらっています。

僕は小さな頃から、道に落ちているガラクタを見ては「なにかに使えるんじゃないか」と思って貯め込むような子供でした。図工が得意で木を触るのも好きだったので、「大工になりたい」という思いは子供の頃からあったと思います。(ちなみにいまも、古道具屋で買った鉋の刃で自在鉋を作ったり、解体現場から出てきた和釘で風鈴を作ったりと、ガラクタを使った工作は大好きです)

大工という夢をぼんやりと抱き続けていた一方で、もうひとつ、「自転車で日本一周をしてみたい」という夢も中学生の頃から持ち続けていました。高校を出たらすぐに就職しようとは思っていたのですが、どうしても日本一周への気持ちが収まらなくて。

結局、高校卒業後に80日という時間をかけて、自転車で全国を回りました。想像していたよりずっとしんどくて、正直に言うと初日から心が折れそうになったんですけど(笑)、この80日のことは、自分の中で大事な経験になっています。

棟梁の運転するトラックに乗せてもらい、そのまま京都へ

日本一周を終えたのが2006年。就職先を本格的に考え始める中で、高校のとき、担任の先生に宮大工の仕事を勧めてもらったことを思い出しました。
宮大工についてネットで調べていたときに見つけたのが、匠弘堂のホームページです。なんとなく、雰囲気のよさそうな会社だと感じました。そこで翌年の夏に一念発起して、匠弘堂を訪問しました。

これは自分の短所でもあるのですが、思い立ったらすぐに行動しないと気が済まなくて。匠弘堂を訪れたとき、アポイントもとっていなかったんです。GWの最終日「修行させてほしい」と突撃したら、横川社長から「アポなしは失礼だな、一旦帰ってくれ。」と怒られてしまって。でも、ありがたいことに、その翌日に会社に呼んでいただけました。そのまま面接・試験を経て、採用が決まったんです。

その場で採用通知をもらったすぐあとに、たまたま有馬棟梁が、私の実家である九州近くの現場にいらっしゃることがあって。帰りに実家に寄っていただき、そのまま匠弘堂のトラックに家財道具の一式を積んでもらい、京都に出てきました。家も決まっていなかったのでしばらく事務所で寝泊まりをさせてもらったのですが、こうやって振り返ると、あまりにも行き当たりばったりな宮大工見習いデビューでしたね(笑)。

ひたむきに経験を重ねるうちに気づいた、宮大工の仕事の醍醐味

宮大工見習いとしての初めての現場は、北海道・札幌市の新善光寺 宮の沢別院の内装工事。当時は副棟梁だった有馬さんと一緒に臨みました。


(入社当時、新善光寺の現場で撮影)

いちばん最初ですから、当然仕事は掃除や片付けといった簡単な手伝いばかり。でも、つまらないとは思わなくて、とにかく初めての現場に興奮したのを覚えています。札幌は寒冷地なので、防寒のために、お寺が鉄筋コンクリート造りだったんです。それにもとても驚いて、早くもっとたくさんの現場を見てみたい、という思いが強くなりました。

目の前の仕事をひとつひとつ終えていくにつれて、わかったことがあります。それは、この仕事の面白さは、なんと言っても「自分が描いたとおりに建物が組み上がる瞬間」にあるということ。もちろん、なにを面白いと感じるかは人それぞれだと思いますが、自分にとっての面白みは圧倒的にその部分にありました。

神社仏閣の構造というのは、とにかく複雑です。特に、部材同士の先端がぶつかり合う「留め」の部分には数学的な計算と美的なセンスの両方が求められるので、最も緊張するのですが、ここが「ピタッ」と合う瞬間に出会えると、いまでもとても興奮します。これは本当に、宮大工の仕事の醍醐味だと思います。

棟梁の背中を追いかけて

自分はいま、副棟梁という立場で現場に立っています。初代の岡本棟梁、そして2代目の有馬棟梁の姿をどちらも見てきて思うのは、とにかくおふたりは、見えている世界が広かったということです。

ひとつの社寺が完成するまでには、匠弘堂の仲間はもちろん、瓦屋さんや左官屋さんなど、さまざまな方が関わります。自分の仕事が次の工程にどう影響するのかを考えつつ仕事をするのは、はっきり言えばとても難しいこと。
「自分だけがやり易ければ良い」と思うのではなく、常に周囲や次の工程のことを考えて逆算しながら仕事をするという姿勢は、ふたりの棟梁の仕事を見ていなければ身につかなかったかもしれません。

2代目の有馬棟梁とは、いまでも一緒に現場で仕事をすることが多いです。棟梁は知識はもちろん、建物に対する美的センスも洗練されていて、屋根の曲線の出し方などを見るたびに尊敬してしまいます。自分はもっと学び、成長しなければいけないと、いつも棟梁の背中を見ながら思っています。

宮大工全員が「いい仕事」へのこだわりを持つことが大切

匠弘堂は、宮大工の会社には珍しい若い集団です。
だからこそ、一人ひとりが「いい仕事」をするんだとこだわりを持つことができないと、他の歴史ある社寺建築会社と渡り合うことはできないと思います。それに、いちばん大事なことである「いい建物をつくる」ことも達成できません。

現場で若手の仕事振りを見ていると、たとえば、3名の職人がそれぞれバラバラな作業をしていたりすることがあります。それでは作業の効率が悪いのはもちろん、全員で連携し合わないと、絶対にいい物件はできないんですよね。
だからそういうシーンを見かけたら、仲間同士で連携することがいかに重要かを教えるようにしています。自分も、そうやって先代の棟梁・副棟梁たちに育ててもらいましたから。

自分が匠弘堂の門を叩いてから、早くも12年が経ちます。これからも副棟梁として、若手メンバーを取りまとめ成長していくとともに、全員で一丸となって「いい仕事」を追い求めていきたいです。

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