匠弘堂を知る

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[ スタッフブログ ]

2018.12.11

一度離れて気付けた、匠弘堂の「強さ」と「懐の深さ」 【宮大工・山本択哉】

 

匠弘堂で働く宮大工や設計技術者たちによるリレーブログ。第2回を担当するのは、宮大工の山本 択哉です。彼はかつて、匠弘堂を一度退職したことがある異色の経歴の持ち主。

自分がどうして一度会社を離れたいと思ったのか。そして、どうしてここに「戻ってきたい」と思ったのか──。これまでの仕事と、いま抱いている思いについて、ストレートに語ってくれました。

19歳で就職。山梨から遠く離れた京都へ

はじめまして、山本択哉です! 山梨県甲府市出身の24歳です。

僕は高校の建築科を卒業後、もともとは住宅建築の道に進もうと思っていたのですが、高校の先生に「宮大工」という仕事があると勧められて。興味が湧いて、2012年に面接に臨んだのが匠弘堂との出会いです。

面接は、横川社長と有馬棟梁との三者面談。「これが本物の宮大工か……」と思って、すごく緊張したことをいまでも覚えています。

匠弘堂に入社できることになり、19歳のときに、大工の見習いとしてのキャリアをスタートしました。山梨から遠く離れた京都での一人暮らしは不安もありましたが、それ以上に楽しみでした。

入社してすぐ、僕の初めての仕事は、沖縄県首里城の奥書院復元工事。一緒に仕事をする匠弘堂のメンバーとは現地で初めて顔を合わせることになったので、どんな人たちなんだろうと当日までずっとドキドキしていました。この現場で出会った小滝副棟梁や増田さんは、先輩として、いまでは気軽になんでも相談できる仲です。

外の世界を見たい気持ちに嘘をつけなかった

19歳からがむしゃらに働いて、4年9ヶ月が経った23歳の頃。それまでも何度か頭をよぎった「地元に近いところで働きたい」という思いが、だんだん自分の中で強くなっていることに気づきました。

匠弘堂では伸び伸びと仕事をさせてもらえていて、自分でも成長を実感していたので、会社のことは好きでした。でも正直に言うと、地元の近くで働きたいという気持ちに加えて、「外の世界を見てみたい」という希望も少しだけありました入社してからずっと匠弘堂一筋だったので、他の会社ではどんな仕事ができるのだろうという興味も捨てきれなかったんです。

そして悩んだ末に、実家から近い建築会社に転職をしました。

転職した先は、匠弘堂とは全然雰囲気が違いました。

社員がみんなギリギリになるまで仕事を進めようとしなくて、直前になって焦るという空気が常にありました。結果的に発生するミスは少なくなく、特に、墨付け(木材を組み合わせるために印をつけること)という大事な作業での間違いがかなりあったんです。そのたびに材料がダメになってしまうので、時間もコストもかかってていました。

「戻りたい」が確信に変わったときのこと

そんな中で働き始めて、3ヶ月ほど経ったゴールデンウィーク。近況報告を兼ねて京都に戻り、匠弘堂を訪れました。この時点で正直、自分の中では「ここに戻ってくることができたら……」という気持ちがあったんだと思います。

最初にお会いしたのは有馬棟梁。新しい職場の様子や、そこで自分がどんなことを考えて仕事をしているかという話を、有馬棟梁は優しく聞いてくれました。

一度は匠弘堂を去った僕に対して、まったく変わらず“先輩”として接してくれる棟梁の姿を見ていたら、「戻りたい」という気持ちが確信に変わりました。

それからすぐに、横川社長と話す機会をいただけました。有馬棟梁が、僕の思いに気づいて計らってくれたんです。

社長には、素直に「匠弘堂に戻りたいです」と伝えました。外の世界を見たい、と言って辞めた僕が、たった3ヶ月で「戻りたい」なんて虫がよすぎると自分でも思いましたが、社長は当然というか、ガツンと僕を怒りました。

そのとき、自分自身の覚悟のなさやお世話になった方への礼儀がなっていなかったことに気づかされ、深く反省しました。戻りたいなんて甘すぎたかもしれない。有馬棟梁は受け入れてくれても、他のメンバーが許してくれないかもしれない。

……いろんな不安が頭をよぎりましたが、社長は結局、僕が匠弘堂に戻ることを許してくれました。僕が戻ることを聞くと、匠弘堂の他のメンバーも、前とまったく同じように自分のことを迎え入れてくれたんです。

2018年の7月。半年ぶりに匠弘堂の作業着に袖を通したときのことは、たぶんずっと忘れないと思います。「戻ってきたんだ」と実感して、とにかく、本当に嬉しかった。

復帰デビュー戦は、いきなりの「墨付け」

復帰後の最初の仕事は、徳島県の道浄寺というお寺の案件でした。驚くことに、「墨付け」の仕事を有馬棟梁が僕に任せてくれたんです。墨付けは棟梁に近い立場の人しかできない難しい仕事で、僕も当然初めてでした。

緊張したし、「最初から失敗してしまったらどうしよう」と不安も大きかったのですが、先輩たちもバックアップしてくれてなんとか無事にこなすことができたと思います。

後日、横川社長から聞いたのですが、有馬棟梁は復帰後に僕が匠弘堂のメンバーとして現場に溶け込めるように、あえて難しい仕事に挑戦する機会を用意してくれたそうなんです。そんな気遣いをしていただいたことに感謝してもしきれないし、実際にその現場があったから、以前の仲間たちともスムーズに仕事をすることができたと思います。

匠弘堂の「段取り力」が、当たり前ではないことに気づいた

外の世界から匠弘堂に戻って改めて実感したのは、匠弘堂の宮大工の仕事には、いい意味で“余裕がある”ということです。

転職先の会社では、日中に現場で組み立てをして、フラフラになりながら戻ったあとに工房で作業をする、ということが日常茶飯事でした。そんな状態で働いているから、怪我もしやすいし、失敗もしやすかった。

匠弘堂では有馬棟梁をはじめ、棟梁・副棟梁がとにかく徹底して事前の“段取り”を進めています。だからこそ、現場で手を動かす自分たちは、余計なことを考えず、焦ることなく、目の前の仕事に向き合うことができる。新卒で匠弘堂に入社したときにはそれが当然と思っていたのですが、外に出てみて、それって実は当たり前のことではないんだなと気づかされました。

横川社長、有馬棟梁、そして日々一緒に仕事をしている宮大工の仲間。いまは全員に感謝の気持ちしかありません。自分を再び仲間として受け入れてくれた匠弘堂に、僕は恩返しをしなきゃいけないと思っています。

いつか、誰からも頼られる職人になって、後輩たちから「ずっとこの会社にいたい」と思ってもらえるような姿を見せたい。そのためにいまは、日々、目の前の仕事に一生懸命取り組むつもりです。

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